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わたしたちはこどものころから、多くのなぜに出会ってきました。
どうしておなかがすくのか、風はどうして吹くのか、車が走る仕組み、パンの作り方、眠ることについて、自分と自分以外のだれかがちがうこと。
大人になってもわからないことはたくさんあります。
そして、わからないことをわかりたい、知らないことを知りたいという思いは、
心の深淵へ、あるいは未知の領域へ、わたしたちを向かわせます。
たとえば1977年にNASAから打ち上げられたボイジャー1号は、我々地球からのメッセージをたずさえ、
太陽系外の空間まで到達し、いまこの瞬間も、遠くわたしたちが知らない宇宙を旅しています。
遠く星空を見上げるとき、はてしなくよるべないきもちになるとき、ひるがえって突然に、あ、ここも宇宙と気づきます。
さいしょの星の爆発からくりかえしてくりかえして、この宇宙のすべての元素はつくられたといいます。
すべてのものはその元素からできているのですから。
あなたも、わたしも、ボールペンも、椅子もコーヒーも、窓ガラスもビルも雑草も虫も土もアスファルトもお隣の洗濯物も、味噌汁、留守番するこども、パン、ジョギングする人、ハッハッと息はく犬、携帯電話、砂場の砂、ジャングルジム、雲、空、白い月も、すべてが実は、おなじものからできています。
この世にはわからないことがたくさんあります。
宇宙のはじまりはどうなっていたの?
宇宙の果てはどうなっているの?
生まれる前はどんなところにいたの?
死んだあとはどうなるの?
そうしてわたしたちは、ささやかなことから壮大なことまで、点在するあちらこちらに飛びうつって、
星のように、その循環の一部を照らし出す、永遠の春の野原であそぶあそびを、ふたたび。
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